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東京高等裁判所 昭和37年(ラ)777号 決定 1963年3月29日

抗告人 川崎通信工業株式会社債権者会 外一名

主文

抗告人川崎通信工業株式会社債権者会の抗告申立を却下する。

抗告人日下部勇の抗告を棄却する。

理由

抗告人川崎通信工業株式会社債権者会の抗告の適否について考えるに、同抗告人が法人格を有すること又は当事者能力を有する社団であることを認めることのできる資料はなく、当裁判所より期間を定めてその点の補正を命じたにもかかわらず所定期間を経過してもその補正がない。従つて同抗告人の抗告は当事者能力のない者のなした不適法な申立であるから、これを却下すべきである。

抗告人日下部勇の抗告理由は別紙記載のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

右抗告人は、本件競売建物は田川庄治が使用中であり、本件競売期日の公告にはその記載がないと主張する。記録中の登記簿謄本によれば、田川庄治は右建物につき期間を五年とする賃借権の停止条件付設定契約をなし昭和三十七年六月四日その仮登記を経由していることが認められるので、同人において本件建物を使用しているとすれば右賃借権に基くものと推定できる。しかしながら右賃借権の順位は昭和三十六年七月二十五日抵当権設定登記を経由した本件競売申立債権者の抵当権に後れるものであり、かつその期間は民法第六〇二条に定める期間を超えるものであるから右賃借権はこれを右抵当権者及びその抵当権の実行による競落人に対抗することができない。かような競落人に対抗できない賃借権は競売期日の公告に掲げることを要しないから、この点について本件公告を違法であるということはできない。

右抗告人は、本件建物につき敷地の所有者から仮処分がなされているから、本件競落は許すべきでないと主張する記録中の上申書(七九丁)によれば、本件競売建物の所有者川崎通信工業株式会社は建物敷地を賃借しており、その賃料を支払わなかつたという理由で土地賃貸借契約を解除され、土地所有者勝又彰喜を申立人、右会社を相手方として昭和三十七年中横浜地方裁判所川崎支部において、右建物の占有移転を禁止する旨の仮処分決定があつたことを認めることができる。しかしかような建物占有移転禁止の仮処分があつても終局的には競落人において右建物の引渡を受けることができないというわけではない。けだし、右仮処分は建物所有者たる右会社に対するものであつて抵当権者に対するものではない。そして本件競売手続は仮処分債権者に優先する抵当権者の申立によりその権利実現のために行われているものであつて建物所有者の所有権の行使によるものではない。従つてかような仮処分があつても、これによつて抵当権者の権利行使を制限することはできないから、抵当権実行のための本件競売手続の続行はこれによつて妨げられることはない。もつとも、手続的にはもし右仮処分がすでに執行され本件建物の占有が執行吏の保管に移つているとすれば競落人は、すぐには右建物の引渡を受けられないけれども、競落人の建物所有権の取得は仮処分債権者に対抗できるから、競落人は第三者異議の訴をもつて右仮処分執行を排除したうえ右建物の引渡を受けることができることとなる。なお、抵当権の目的たる建物の所有者がその敷地の占有につき土地所有者に対抗できる正権原を有しないならば、競落人もまた競落によりかような正権原を伴わない建物所有権を取得するに過ぎないことにはなるけれども、競落そのものは右のような仮処分があつてもなおかつ適法であるとしなければならない。よつて抗告人の右主張も採用できない。

なお記録を精査しても、原決定にはこれを取消すべき違法の点がないから、右抗告人の本件抗告は棄却すべきである。よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 小沢文雄 中田秀慧 賀集唱)

別紙

申立の理由

一、競落人は昭和三十七年十二月二十日午前十時横浜地方裁判所川崎支部に於て本件物件を金七拾参万八千円也にて競落なしたものなり

一、御庁は昭和三十七年十二月二十二日競落許可決定す

一、其後競落人は債務者川崎通信工業にて現況調査の結果以外にも記録とは全然相違している事を発見した

一、即ち記録上は(賃借なし)となつて居るが事実は階下二十一坪全部を第三者債権者田川庄治が債権額ありとして賃料等無料にて使用なしている

一、尚地主勝又彰喜が地代不払を理由として昭和三十七年十月二十三日前記建物に対し横浜地方裁判所川崎支部(ヨ)第一一六号不動産仮処分の決定をなしている

一、従つて競落人に対し不測の損害を与えるものなり

二、かかる事実が一回の現場調査で判明する事を鑑定人の調査では賃借関係なしとなつて居る事は事実に反する

従つて本件競売申立は違法で之によりなしたる競売開始決定も違法といわねばならない

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